何か ずっと どこかで生きづらさを感じているとしたら
自分自身を振り返ってみるタイミングかもしれません
「本当の自分って」に取り組んでみる時期かもしれません
機能不全家族(デ゙ィスファンクショナル・ファミリー)

機能不全家族(デ゙ィスファンクショナル・ファミリー)とは、家族としての機能を果たしていない家族のことです。そして、機能不全の家族に生まれ、大人になった人を「アダルトチルドレン」という言葉でいわれています。
元々の意味は「Adult Children of Alcoholics=ACOA」意味は「アルコール依存症の親を持つ家庭に生まれ、現在大人になった人」となります。今ではこの意味の解釈が拡大化されて、上記のような表現を指すようになっています。
アダルトチルドレンは、子供の頃に「家庭内トラウマ」(心的外傷)によって傷ついて大人になったとき、その生き方に苦しさや不自由さをかかえた人たちのことです。
| 機能不全家族 |
機能している家族 |
| 強固なルールがある |
強固なルールがない |
| 家族に共有されている秘密がある |
家族に共有されている秘密がない |
| 家族に他人が入り込む事への抵抗 |
家族に他人が入り込むことを許容する |
| きまじめ |
ユーモアのセンス |
| 家族成員にプライバシーがない(個人間の境界が曖昧) |
家族成員は個人のプライバシーを尊重され、自己の感覚を発達させている。 |
| 家族への偽りの忠誠、家族から去ることが許されない。 |
家族であるという感覚を持っているが、家族から去ることも自由である。 |
| 家族成員間の葛藤は否認され無視される |
家族成員間の葛藤は認められ解決が試みられる |
| 変化に抵抗 |
常に変化し続ける |
| 家族は分断され統一性がない |
家族に一体感がある |
|
■機能不全家族
・よく怒りが爆発する家族
・冷たい愛のない家族
・性的・身体的・精神的な虐待のある家族
・他人や兄弟姉妹が比較される家族
・あれこれ批判される家族
・期待が大きすぎて何をやっても期待に沿えない家族
・お金や仕事、学歴だけが重視される家族
・他人の目だけを気にする表面上はしあわせそうな家族
・親が病気がち、留守がちな家族
・親と子の関係が反対になっている家族
・両親の仲が悪い、ケンカの絶えない家族
・嫁姑の仲が悪い家族
■機能不全家族の特徴
・よく怒りが爆発する家族
・体的虐待、感情的虐待、性的虐待、無視、その他の虐待
・完璧主義
・「話すな」のルールと、家族の秘密を守る事
・自分の感情を見極めたり、表現したりする力のなさ
・家族の他のメンバーを介してのコミュニケーション
・二重メッセージ、二重拘束
・遊んだり、楽しんだり、自然に振る舞う事のできなさ
・不適切な行動や痛みに対する耐性がありすぎること
・境界が不鮮明な網状家族
※以上のいずれがあてはまる家庭に育ったからといって、全員がアダルトチルドレンというわけではありません。
家族の中で子ども時代の役割

アダルトチルドレン(AC)、機能不全家族の中で育った子どもは、子ども時代を生き延びるために、さまざまな努力を重ねてきました。そして、家庭内での自分の役割というものを自分でも気がつかないうちに演じさせられています。
その役割が、あなたの人間関係を一定の枠に閉じ込めています。
自分に割り当てられていた役割を変えることで、あなたは他の人との関わり方を変えることができます。一人でいくつかの役割を重ねもったり、入れ替わることもあります。
■HERO(ヒーロー) 家族の期待を一身に背負ったタイプ・・・最年長者
・学校では、いつもよい成績をとれるよう努力していた
・「しっかりした子」とほめられるよう努力していた
・周囲のまとめ役をつとめるため努力してきた
・責任感がとても強いと感じる
・周囲に能力を評価されなかったら、自分の価値が感じられない
・息抜きをしたり、無邪気になって遊ぶのが苦手
・ミスや失敗をすると、ひどく自分を責めて落ち込んでしまう
・他の人の失敗でも、自分の責任のように感じる
・もっともっと努力しなければと、いつも自分を追い立ててしまう
■LOST CHJLD(いなくなった子) 存在しないふりをして生き延びたタイプ・・・2番目
・家庭でも学校でも、なるべく目立たないよう行動してきた
・「素直な子」とほめられるよう行動してきた
・自分の存在が忘れられているように感じてきた
・大勢のなかにいるより、ひとりきりで過ごすほうが好きだ
・自分を表現したり意見を主張するのが苦手だ
・孤独感を感じることが多い
・自分はいなくてもよい存在なのではないかと感じることが多い
・人生に生きる意味があるなんて思えないことがしばしばある
■CLOWN(道化師) おどけた仮面を被って不安を隠してきたタイプ
・小さい頃から周囲を笑わせよう、なごませようと努めてきた
・相手の目を真っすぐに見ないようにしていた
・自分の不安や弱さを相手に悟られないように努めてきた
・「落ち着きのない子」と言われた
・その場がシラけたり、気まずい雰囲気になるとひじょうに不安を感じる
・人と対決するのが怖い
・「明るい」「軽い」仮面の下の本当のあなたを誰もわかってくれないと感じる
■CARETAKEAR(世話役) 親や周囲の面倒を見てきたタイプ
・「やさしい子」「思いやりのある子」と言われるよう努めてきた
・周囲の役に立つよう、がんばってきた
・自分勝手にならないよう、してほしいことがあってもがまんしてきた
・困っている人がそばにいると放っておけない
・自分の都合より、他人の都合を優先することが多い
・自分を優先するのは、わがままでいけないことのように感じる
・相手が何を望んでいるのか、ひじょうに敏感に感じ取ることができる
・自分が何をしたいのか、何を感じているのかわからなくなることが多い
■SCAPEGOAT(身代わり・問題児) 家族の問題を行動化するタイプ
・親や教師に反発や怒りをぶつけてきた
・ルールを無視した行動で自分の存在を目立たせようとする
・「悪い子」と言われたり態度で示されて傷ついてきた
・あなたが問題を起こすと、両親は今までのいさかいなどを忘れて、一緒にうろたえたり、叱ったり、解決に奔走したりしていた
・自分なんかどうでもいいと感じることが多い
・怒りにまかせて相手を非難攻撃することが多い
・ちょっとしたことで周囲との関係がこじれてしまうことが多い
・自分の淋しさや傷をわかってくれる人など、誰もいないと感じる
私たちは、振り返ってみてひとつの役割ではなく、いくつかの役割を組み合わせて演じています。
主となる役割があり、何かの状況では別の役割で行動します。
わたしたちは、大人になっても、子ども時代の家族の役割を引きずり、子供の頃のパターンをいまだにやり続けています。
人は変われる
■役割を評価しなおす
それぞれの役割は、大人になってから自分を縛り付けるだけではありません。同時に、その役割が持っている強みもあります。自分が取ってきた役割を理解し、 その中にある「強みと弱み」とに気づくことが必要です。それが分かれば、役割のうちどの部分が自分にとって害があり手放すことが必要なのか、どんな強さを 大切にし、もっと育てていけばいいのかが見えやすくなるはずです。
■回復について
第一段階=否認を解く
ACの人は、人のせいにできなかったからここまで苦しかったのです。
通常、人のせいにするということは、自分の責任を果たさないということでよくないことですが、ACはそうではないのです。
何でも過剰に責任を感じていきづらさを感じてきたのですから「親が悪い」と、親のせいにすることは全然悪くないのです。
「今まで自分が辛かったのは、親が悪かったのだ」と思えれば、心が軽くなると思います。
親に拘束され、支配され、苦しんできたことを、認めること。
これが回復への第一歩です。
第二段階=否認していた怒り・抑うつ感・罪悪感・絶望感を表現する
ACは感情を表に出すことが苦手です。
しかし感情を出しきることで、心は軽くなります。
理想化され、幻想化された親を捨てるのです。
心の中にいた、理想化された親を捨て、現実の親と上手に付き合えるようになることが理想です。
第三段階=理想化していた親の代わりになって支えてくれる人を探す
第二段階で、理想化された親を捨てたら、今度は親を探します。
ただ、カウンセラーや自助グループにそれを頼るならば、一生カウンセリングが続いてしまいます。
そう、自分が自分の親になればいいのです。
自分を愛して、自分を育てればよいのです。
ACの人は、自己評価が低いので、いつも陽性の肯定感をあたえてあげればいいのです。
そのままの自分でいいこと。生きているだけでいいこと。機能不全家族の中を生き抜いたサバイバーであること。
自分で自分を勇気づけてあげましょう。
「もやもやとした生きにくさ」を「自覚」に転換するキーワード、それが、ACなのです。
これから自分はどうしたらいいのか?新しい価値観、やり直しのきく人生を見つけることが立ち直りの一歩になることに気がつければ、人は変われます。
ACとは、自分の生きにくさを理解しようとするための自己認識・自覚のために使われる言葉なのです。
自分がどういう人間であるかに気付いた人は、不幸の堂々巡りから抜け出し、人生に新しい選択肢を持つことができます。
■ACは、しばしば「生きづらさ」を感じることがあります

私たちは、様々な事情で、子供時代を子供として過ごす事が出来ず、周囲の大人たちに気を遣い、自分の感情をうまく表現出来ずに育ってきています。
そして、大人になっても自分の感情を素直に上手く表現する事が出来ず、自分の本質さえも見失いがちになり、生きづらく感じます。
私たちは、自分の気持ちを言いたい時に言い出しかねたり、抑えすぎて急に感情が爆発したりします。また、泣く時に泣けず、ひとりぼっちで声を立てずに泣いたりします。そんな抑圧された感情が、怒りになることもあります。
そして、何事にも「白か黒か」決定的な決断をしてしまいやすく、自分自身で生きづらい状況に追い込んでしまいがちになります。
また、大人を信頼できない子供時代を送ってきたので、他人を信頼する力が弱い傾向にあります。したがって、他人に援助や助けを求める事が下手です。
そして、甘えたくても甘える事ができない子供時代を送っており、人に依存したくてもできず、自分自身の心をコントロールし、支配しようとしてしまいます。
さらに、間接的に相手の心もコントロールしたがったり、支配しようとします。それに失敗すると、相手を恨み、信頼しなくなることもあります。
子供時代を寂しく暮らしてきた私たちは大人になっても得体の知れない寂しさに苛まれたり、抑うつ的になったり、不安になったりすることがあります。
結婚や恋愛をしていても何処か寂しく、家族を持ってもなお、孤独に感じることがあります。そして、相手に見捨てられる事に過剰に敏感であったり、自分が相手を見捨てる事に過剰に鈍感であったりします。
また、子供時代に、家族の葛藤や家族関係の歪みに、自分が関連しているのではないかと感じて過ごしてきていると、大人になってからは、自責感が強く、自己 評価も低くなりやすいのです。だから、夫婦関係や家族関係が悪くなると、自分を責めてしまい、自己卑下してしまいます。
以上のように、感情表現、信頼、依存、支配などに問題のある場合は、家族や会社などでの対人関係に、微妙な問題を起こし、「生きづらさ」を感じながら人生を送ってしまうのです。
共依存とアデクション
■共依存とは
共依存を一言でいえば、「他者に必要とされることで、自分の存在意義を見い出すこと」です。
共依存者とは、自分自身に対する過小評価のために、他者に認められることによってしか満足を得られず、そのために他者の好意を得ようとして自己犠牲的な献身を強迫的に行なう傾向のある人のことを言います。
また、その献身は結局のところ、他者の好意を(ひいては他者自身を)コントロールしようという動機に結び付いているために、結果としてその行動が自己中心的、策略的なものになり、しだいにその他者との関係性から離脱できなくなります。
自分の内面が空虚で他者の評価を必要とするだけでなく、他者の評価を獲得するために他者を道具として利用します。
一般的傾向としては、他人の世話を焼きたがる割には、他人に対して不誠実で策謀的になります。
■共依存の発見
1970年代の後半にアルコール依存の臨床で発見されたといわれています。
・アルコール依存の回復において、依存者同士のグループセラピー、そして「家族からの隔離」が有効であることがわかった。
・つまり、家族の中に戻ると依存克服が困難であることがわかった。
・その後、ほとんどの臨床ケースにおいて、依存者の家族の中に「依存者への世話に依存している人」が発見され、その人が依存を後押ししてしまっている事実がわかった。
従来は、アルコール依存を個人の精神的弱さの問題と考えていましたが、この発見によって依存者の人間関係に焦点が移ります。依存者の回復には、その依存に手を貸している人の治療も必要であるという認識が得られたのです。
当初、アルコール依存の家族にたいして、依存を手助けしないためのアドバイスをすれば済むと考えられていましたが実際は、その家族の依存的態度の変更がはるかに困難で、それ自体を一つの病的傾向として扱われるにいたりました。
その結果、あらゆる嗜癖とは共依存の反応の一つであり、すべての問題の根に「共依存」があると認識されるにいたります。
そして、現代社会に広くみられる一般的病理として「共依存」という言葉が使われるようになりました。自分の存在意義を確定させるために、他者からの承認を過剰に求める現象は、現代社会のあらゆるところで見ることができるのではないでしょうか。
■アデクション
アディクション(嗜癖・しへき)とは、嗜好やこだわりが強すぎて病的になってしまった状態のことを言います。
ACの場合、悲惨な子供時代に心に開いた大きな穴を満たすため、心が無意識にアディクションに走る場合があります。アルコールやギャンブル、セックス、買い物、自傷行為等にふけることによって、すり替え的な満足を得ていると言えます。
またACには、アルコール依存の親にさんざん苦しめられた人が自分もアルコール依存症になってしまったり、レイプやわいせつ行為の被害者がやがて自分から性を売る行為に出てしまったり、虐待されて育った人が自分の子を虐待してしまったりと、知らず知らずの内にトラウマの追体験をしている場合があります。
トラウマの追体験はエンドルフィンを分泌させ快楽を得る嗜癖なのだという説もあり、また追体験によって過去を整理しようとする無意識の試みなのだとか、過去に満たされなかったものを求めている行為だという説もあります。
そして嗜癖の一つに、共依存という人間関係の嗜癖があります。
共依存は、暴力をふるう夫とそれに耐える妻のように一見一方だけが耐え忍んでいるように見える関係が、実はお互いに精神的に寄りかかりあっているという病的な人間関係の事を言います。
この場合共依存者は妻で、他人の世話を焼き続ける事でやっと自己を表現している、自分というもののない人だと言えます。
ACは自己に対する評価が低く、また健全な人間関係を知らずに育ったために共依存の関係にはまりやすいのです。
ACにとって本当に必要なものは嗜癖ではなく
子供時代をきちんと振り返り
現在起こっている問題を少しづつでも解決させていくことにあります。
心に開いた穴を本当に埋められるのは、AC本人の心なのかもしれません。
■アダルトチルドレン(AC)は
*自分を犠牲にしても他人を助け、世話をします。
*他人の考え方や行動をコントロールしようとします。
*問題や危機が起こっている状況に身を置く事にやりがいを感じ、満足を得ます。
*他人に対する依存心が強く、一人で生きていく事が出来ません。
*他人との距離感がなく、他人の問題で頭がいっぱいになります。
*考え方や視野がせまく、極端な価値観を持っています。
*ありのままの現実を認めず、現実逃避します。
*忍耐強さがなく、忙しく動き回ったり、先まわりして余計な心配をします。
*自分の怒りなどの感情や体の不調に鈍感です。
*自分というものがなく、また自分に自信がありません。
ドラマ三角形
■三角形ドラマの概念
ドラマ三角形:組織での円滑なコミュニケーションを阻害する要因となる行動パターンです。
交流分析を提唱した米国の精神科医E・バーン博士の弟子である心理学者ステファン・カープマンが唱えた考え方です。カープマンは、【ゲーム】は被害者、迫害者、救援者の3者の役割を入れ替えながら、進んでいくことに気付きました。そして彼は『【ゲーム】の最大の特徴は、この入れ替えにある。と述べている。
(※ゲーム:何度も繰り返してしまう行動。結局みんなが不愉快な結末を迎えてしまう対人交流のことを言います。)
そんな、不愉快な思いをする【ゲーム】を、人は何故ひきおこすのでしょ うか?
【ストローク】を欲しているから・・・(ストローク=相手から受ける承認・接触などの刺激)
これは、簡単に言うと『何でもいいから相手にしてくれ!』ということです。
誰も自分に声をかけてくれない時、無意識のうちに『わざと』失敗をする人がいます。
失敗したせいで、誰かに怒られる・・・という事は、ストロークを全く受けられない状態から脱出できる・・・という事なんですね。『シカト(無視)』されるよりは、まだ『イジメ』られたほうがいい、ということです。

【上図:三角形ドラマを演じる3つの役割分担】
A課長が営業課の部屋に入ったら、今年入社したばかりのB君と、先輩であるCさんが言い争いしているのが聞こえました。
| 先輩Cさん |
「どうして、営業日報をださないの?いつもいつも言い訳ばかり言って!」 【1】 |
| 新人B君 |
「だから今度から出しますって言ってるじゃないですか。」 【2】 |
| Cさん |
「あ、課長。ちょっと言ってやってくださいよ。B君は全然報告をしないから、私、困っちゃってるんです。」 【3】 |
| A課長 |
「まぁまぁ、そうカッカしないで。B君だって入社したばかりなんだし、あまり些細な事で大喧嘩してもしょうがないだろ。」 【4】 |
| Cさん |
「些細なこと? 課長は確か、私が入社した時に『仕事で一番大事なのは【ホウレンソウ(報告・連絡・相談)】だ!』って言いましたよね。」 【5】 |
| A課長 |
「そりゃ、確かにそうだけど・・・」 【6】 |
| B君 |
「報告がそんなに大事、なんて僕は入社してから今まで、聞かされなかったですよ。」 【7】 |
| A課長 |
「言わなくても大事に決まってるだろうが! そんな事は常識だっ! 大体なんだっ!その茶色い髪は!」 【8】 |
| Cさん |
「まぁまぁ そんなチャパツくらいの些細な事で怒らなくても。」 【9】 |
・・・役割が入れ替わっているのに気付かれましたか?
・・・実はキーワードは【良い人】なんです。
人は誰でも【良い人】と思われたいんですね。 【悪い人】にはなりたくないんです。
【4】と【9】(【7】も一部含まれます。)を分析してみてください。
良い人になりたい・・・というのが表れていますよね。
だから、救援者の【成り手】が後を絶たないんです。
でも、【良い人】って、それなりの何かを求められたり、批判を浴びたりしてしまいがちなんですよね。
すると今度は【良い人(救援者)】のはずが、いつのまにか【被害者】になっている・・・という悪循環となってしまいます。
また、【5】を見てください。
【悪い人】にはなりたくない・・・というのが表れているでしょ?
だけど実は【悪い人になれる人】が、この悪循環の【ドラマ三角形】や、【後味の悪いゲーム】から脱出できるんですよ。 ※対人交流で後味の悪い思いをしたら、これは【ゲーム】ではないか、と考えてみてください。【ゲーム】と気付いたら、すぐに役割から手を引くのが大事です・・・☆
犠牲者
他者の助けを誘うような無力さがあります。弱いように見えて、実は三者のうちで最も強力な役割を演じます。
「私は何をやってもうまくいかない」「どうせ人はみな本気になって私のことなんか考えてくれない」と考えやすい。
・人生にゆきづまりやすい。
・自分でどうしたらいいか、いつも困っている。
・自律、自助にチャレンジすることに消極的で、人に援助の手を差しのべることにも、うとい。
・「なぜ、私がこんな目にあわなければならないのか」
・「こんなに私が無理しているのに」
迫害者
自分を中心とする排他的な考えを取り、相手を見下します。また、相手のミスを正そうとする役割を演じます。
意見が異なったりけんかしたりすると、最後まで戦おうとします。
基本的な構えは「私はOK、他人はOKでない」の立場を最大限に強化する。
・人間関係を分裂させるような有害な行動をとりやすい。
・「あら探し」
・「追い詰め」
・「あなたと彼を戦わせよう」
・「あれだけ言ったじゃないか」
救済者
救済では実際のところ相手の自立、判断を損ないます。結果的に、相手の他者に対する依存心を高めたり、事態を悪化させる役割を演じます。
トラブルから身を守りたい。
一見世話好きのように人の目にうつるので、自己否定、他者肯定の人とは考えにくいが、長く付き合うと実態がはっきりしてくる。
・「あなたを何とかしてあげたいと思っているだけなんだ」
・「私にやらせてくれないか」
■三角形ドラマから抜け出すには
まず、自分の三角形ドラマでの役割を知り、理解することで、自分がどういうときに、三角形ドラマに巻き込まれ、ドラマを演じてしまうのかわかります。
そして、それを避けられるようになります。
三角形ドラマにいるかどうかの見分け方は
人生がうまく行っておらず、同じパターンを使い
何回でも同じ解決法を用いようとしていないかどうか
話し合いが堂々巡りしていないか
という点に着目します。
■もし、自分が三角形ドラマを演じていることがわかったら
自分が三角形ドラマを演じていることがわかったら、そこから抜け出す方法は
※自分の感情、正直な感情を感じてください。
※自分の感じていることについて、本当のことを話してください。
※そして、他人の押し付ける罪悪感を受け取らないでください。
※もちろん、自分も他人に罪悪感を押し付けないでください。
※そして、三角形ドラマから抜け出そうとしているのだから、迫害者と非難されることに対しての恐れを感じてもいいから、正直な気持ちにそって行動してください。
おそらく、ほかの二人から、迫害者の位置づけをされるでしょうが、それでも罪悪感を感じることなく、本当の感情に基づいて行動し続けてください。
そうすることで、このドラマ役割から抜け出せます。